宋文洲の傍目八目 - いじめが自殺につながる日本の「空気」
宋文洲の傍目八目 - 逃げることは、決して負けではない
努力せずにただ逃げ回ってる人間は論外だし、自分も「まず最初はがむしゃらに頑張ってみるべし」って考えだけど、頑張っても頑張っても埒があかない時は休んでみるべきだよね。冷静になってこそ考えられる事ってある。
それが四面楚歌状態だったり、宋さんの幼少の頃のように命が掛かってる場合は、もちろん急いで逃げるべき。
ちなみに自分は「頑張って」って言葉が昔から大嫌いなんだよね。頑張ってるのに何でこれ以上頑張れって言われるのか納得いかないことの方が多い。「俺に頑張らせる前にお前が頑張れよ」って思ってしまう。
もちろんあまり意識せずに使ってる人の方が圧倒的に多いから(たしかに「頑張って」って言葉を制限すると、掛ける言葉が見つからないケースも多い)、なるべく穿った考え方せずに気持ちだけ受け取るようにしてるんだけど、やっぱり言葉は考えて使ってもらいたいんだよね^^
だから自分は他人に対しても滅多に「頑張って」なんて言わないし、使うときは考えて使うようにしてる。少なくとも単発で使うことはない。
で話を戻すと、日本のビジネスマンのことしか知らないけど、都会で毎日遅くまで残業してるサラリーマンとか眺めてると、時間的な余裕がなさ過ぎて失ってるものが多すぎない?って思う。
時間に追われてなければ(冷静な状態なら)アッサリ解決する課題だってあるだろうし、例えば転職だって時間の無さに面倒さの壁も加わって、逃げる逃げないの判断をする余裕さえ無い印象。
でも、下には過酷な労働を強制/黙認しつつ、経営陣だけ定時帰りで高給をむさぼってるような会社からはサッサと出て行くべき。経営陣がどれだけ必死で努力してるか、先頭切って引っ張っていってるかってのが、会社を見る上での自分の判断基準の一つかな。
自分も時間も金ももらえずに「頑張れ、とにかく頑張れ」って状況に嫌気がさしたというか、「こんな組織の構成員として存続に貢献してること自体が反社会的」って考えて転職したクチだし。
『大人の世界も同じことです。にもかかわらず、相変わらず精神論だけで自分の責任を弱い立場の人間に押しつける慣行がなくなりません。頭の古い経営者は、サービス残業を拒否する社員に対して「この頃の社員は甘い」と言い放ちます。僕にしてみれば、サービス残業を通じて社員を搾取しないとやっていけない会社の経営者こそ甘いです』