山田祥平のRe:config.sys - 晴れ時々曇り、ところによってにわか雨
『平成の大合併によって、日本各地の市町村は新たな市町村となった。その是非に関しては賛否両論はあるが、天気予報的にはとても困る事態が起こっている。
個人的に身近に感じる例では、冬になると頻繁に訪れる長野市がそうだ。長野市は、2005年1月に、更級郡大岡村、上水内郡豊野町、上水内郡戸隠村、上水内郡鬼無里村と合併し、新たな市として生まれ変わった。それはいいのだが、このあたりは、地域ごとに、かなり天候に違いがある。だから、“長野県北部”という予報がちっともあてにならない。(中略)
ご存じの通り、行政的な市町村の区分と、天候の傾向区分には食い違いがある地域は少なくない。川を1つ越えれば、あるいは、トンネルをひとつ抜ければ天気がガラリと変わったりするものだが、同じ市町村であるというだけで十把一絡げにされてしまうというのは理にかなわない』
んだねぇ。
場所によっては細分化が必要だろうね。
『映画「県庁の星」を見てきた。(中略)
予告編でも挿入されているシーンなので書いてしまうが、主人公の野村は、ラストシーン近くで、行政改革は、組織や制度を変えることじゃない、そこに生きる人間たちの意識を改革することなのだと訴える』
ウンウン同意。
行政に限らず、どんな組織の改革も同じ。
上からの通達文書や訓辞、組織変更みたいな、単なる「通知」「変更」レベルの動きだけで改革した気になってるような民間企業だって多い。
『適正なデータさえ与え、適切な処理さえ命じれば、コンピュータがはじきだす結果は、正確だ。でも、それをどう生かしていくか、それをどう判断するかは、人間に委ねられる。これは今も昔も変わらない』
コンピュータは、あくまでも「プログラムに対して正確」なだけであって、知りたいことを何でも教えてくれる魔法の機械じゃないからね^^
プログラムのロジックだって人間が考えて作るものだし、しかも自然界の動きを「コンピュータにできる範囲の計算」で求める場合、近似計算の塊になってしまう。人間の目で出力を確認・調整するっていう作業は、絶対に省けない。
現場の人は十分すぎるほど承知してることだろうけど、その現場の予算を決める人達がコンピュータに対して無知すぎる場合が多いんじゃないかな。
『ピンポイント予報でいえば、行政区分が変わったとしても、予報は以前のままにしておくことだってできたはずだし、その方が住民にとっては便利だったはずだ。それができないところに問題がある。要は、どうすれば人が喜ぶのかを考えなければならないことが徹底されていない。
もっとも、ピンポイント予報は気象庁のデータに基づき、民間の気象会社(Yahoo!の場合は財団法人日本気象協会)が分析した結果をあわせて提供するものであり、有料を覚悟すれば、本当にピンポイントの予報が得られるサービスも用意されているようだ』
現状は、本当に詳細な予報を知りたいならここで紹介されてるような有料サービスを利用するしかなさそうだけど、やっぱり冒頭の長野の例を見てると、大雑把な予報も当てにならない地域が多そうなのは(国の基本サービスとしても)問題だと思えてくるね。